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カテゴリ:ボクらのベランダ物語( 9 )


2015年 04月 29日

Noburin's Garden

ふと思い立って、ベランダで育てている植物の名前を、
端から端まで書きだしてみた。

何年か前に鉢の数を数えたら、300鉢あった。
でも、植物の名前は書きだしたことはない。

1時間かかった。結果は223種類、305鉢あった。
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数の多さにはびっくりだけど、それより、223種類もの植物を、
ほぼ、そらで書きだせたことが嬉しかった。

きょうは忘れないように、植物にプレートを付け、
庭の入り口に看板を掲げた。

「NOBURIN’S GARDEN Since2003」。
ちょっと誇らしい気分になった。
庭づくりをはじめて、今年で12年も経ったのか…。
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ボクはクルマの名前やファッションブランドの名前を知っているより、
植物や鳥の名前を知っている方が、人生は豊かになるような気がする。
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by novou | 2015-04-29 23:51 | ボクらのベランダ物語
2015年 04月 26日

ベランダ偏愛日記

きょうの東京の日の出は4時55分。
夜が明けるのが、ずいぶんと早くなってきた。

ボクはこの頃、4時半にはベランダにいる。
深呼吸をし、植物たちに「おはよう」の挨拶をして、
夜明けの空が葡萄色に染まっていくのを、ひとりで眺めるのだ。

そして、庭をぐるりと見回り、2時間ほど水やりをしたり、凋花を摘んだりして、
植物たちの世話をする。

6時半頃になるとオクさんも起き出して、朝食の仕度がはじまる。
今朝はフレンチトーストと清見オレンジのサラダ、
そして、ヒデちゃんが焙煎して届けてくれるコーヒーを、ボクが淹れる。
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もちろん、きょうみたいに気持ちのいい朝は、ベランダで食べる。

「レモンの花が咲いたね」
「今年は林檎がたくさん成りそうだ」と、
食事中の話題も、もっぱら植物のことが中心だ。
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きのうはトマトとパプリカの苗を植えた。
きょうは買い物のついでに、ハーブの苗を2種類買った。
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スーパーでオクさんが「今夜もベランダごはんでいいの?」と聞く。
「もちろん!」とボク。

3日前はウドと米茄子とトウモロコシを焼いたっけ。
一昨日は鯵を焼いて、とろろごはん。
昨日はN姐さんが持ってきてくれた花山椒とお肉で、お鍋。
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そして今夜は、サムギョプサルだ。
4日連続ベランダごはん(^_^)v。
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「人は庭に暮らす」といったのは小堀遠州だけど、
ボクはきょう、トイレとお風呂とベッド以外は、ずっとベランダにいた。
こうしてブログを書いているのも、ベランダだ。


今夜は上弦の月がきれいだ。

炭火が小さくなってきた。ちょっと寒い…。

そろそろ、部屋に入ろうか…。

ただいま11時半。

でも、あと5時間もすれば、またボクはベランダにいる。
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by novou | 2015-04-26 23:30 | ボクらのベランダ物語
2015年 03月 24日

庭しごと記念日


きのう東京は桜の開花を宣言した。
いよいよ春本番である。

久しぶりにベランダをパトロールすると、
ブルーベリーや藤がツボミを膨らませ、
ホスタやシャクヤクが固い土を割って芽を出している。

毎年のことだが、こうなってくるとボクはそわそわしはじめる。

「シジミバナ 咲いたね」と君がいったから 3月21日は庭しごと記念日。

週末、シマホに行って、培養土やら鉢やらペンキやらをしこたま買い込んだ。
新しいバラといくつかのハーブを植え、
パンパンに根を張ったプルメリアの植替えをした。

冬の間まったく手をかけてあげられなかった鉢たちは、雑草だらけだ。
ハコベ、タネツケバナ、ムラサキハナナ、ホウコグサ、ニガナ…etc、
雑草たちは風や鳥に運ばれて、ボクのベランダで生命力やら繁殖力を見せつける。
たいていは有無をいわさず引っこ抜くのだけれど、
クチナシの鉢で根をおろしたホトケノザだけは、
赤紫色の花が美しくて、抜くのを躊躇してしまう。
葉腋から突き出るように咲く姿は、まるで春の訪れを寿いで、踊っているかのようだ。
その愛らしさに負けて、しばらくは抜かずにおくことにする。
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                           [ホトケノザ(シソ科)]

今週末はベランダの大掃除をして、簀の子のステインを塗り直す予定。
そしたら、いよいよベランダごはんも解禁だ。
タラの芽やこごみの天ぷらが食べたいな…。

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               [ベランダではオーストラリア原産のハーデンベルギア(マメ科)が満開]

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                            [シジミバナ(バラ科)]
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by novou | 2015-03-24 21:32 | ボクらのベランダ物語
2011年 07月 09日

「オハナくんドットコム」

2011/07/09(土)
くもり時々晴れ/33℃

5月下旬に取材を受けた「オハナくんドットコム」の記事〔クリック〕が、きょうからアップされています。動画付きで、4回シリーズだそうです(テレ…>) 。

取材から2ヵ月近くたってしまったので、庭の様子はいまとはずいぶん違っていますが、興味のある方はぜひご覧ください。ボクの植物や庭に対する偏愛ぶりが、じわ〜っと伝わってきます(笑)。恥ずかしいです…。
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取材時にはまだ実にはなっていなかった巨峰も、いまはこの通り。立派に育っているでしょ。
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ブラックベリーも取材時には花が咲いているだけだったけど、いまは実が熟し始めています。
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ワイルドベリーもホラこの通り。豊作です。
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ミニトマトも真っ赤です。ことしはたくさん食べました。

東京ではきょうから1週間、「晴れ時々くもり」という、判で押したような予報が続いてますが、梅雨明けはまだなんでしょうかねぇ?
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by novou | 2011-07-09 07:32 | ボクらのベランダ物語
2009年 04月 20日

あれから1年

2009/04/20(月)
晴れ時々曇り/19℃

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「あっ、イタリアンパセリが芽を出した!」
「スイレンにいっぱいツボミがついてるよ」
「メダカが子どもを産んだね」
「そろそろモッコウバラが咲きそうだよ」
「サヤエンドウがたくさんなってる」

ベランダから聞こえるオクさんの声を聞くと、ボクはちょっとシアワセな気分になる。
オクさんは何かを発見するたびに「ちょとちょとぉ〜」「ねぇねぇ〜」「きてきてぇ〜」とボクを呼ぶ。そんな時の表情はまるで子どものようだ。

ボクはオクさんの嬉しそうな声が聞きたくて花を育て、
野菜に水をやっていたのかもしれない。

きょう「東京ベランダ通信」をはじめて1年がたった。
去年の春、こんなことあんなことを書いた。
その気持ちは今も変わらない。

日々の暮らしを大切に大切に…。

これからもどうぞお付き合いください。
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by novou | 2009-04-20 12:09 | ボクらのベランダ物語
2008年 12月 01日

丁寧に暮らすということ

2008/12/01(月)
晴れ/13.2℃

f0160063_1454543.jpg夕陽を受けてベランダが
ほのかに赤く染まっている。

早いもので今日から12月。
1年を締めくくり、
来るべき年に備える
『師走』である。

カレンダーをめくった時の感慨は
人それぞれなんだろうが、
年を追うごとに
1年が早く感じられるのは
歳のせいだろうか…。
光陰矢の如し、である。

だからというわけでもないが、
今年、我が家は、
時間を慈しむように、
丁寧に暮らすことを心がけた。

テレビはほとんど見なくなった。
時間泥棒だからだ。

見なくなったおかげで、我が家は落ち着きと静けさを取り戻し、
ボクは読書の時間が増え、オクさんは編み物をするようになった。

ゆっくりと時間をかけて、料理を味わって食事をするし、
食卓での夫婦の会話も弾むようになった。

いいことずくめである。

雑誌も読まない。
過剰だからだ。
そこには物質的誘惑、快楽的誘惑が溢れている。
つまらない贅沢ばかりを吹き込む物欲雑誌や似非ライフスタイル誌の類いは、
暮らしにおいてもっとも遠ざけたいもののひとつだ。

ただし、『暮しの手帖』だけは別。
我が家では定期購読して夫婦で愛読している。
初代編集長の花森安治はボクがもっとも尊敬する編集者で、
「豊かな暮らし」とは「丁寧に暮らす」ことだと、
この雑誌を通して教えてくれた。

ベランダで過ごす時間は以前よりもさらに増えている。
都市生活者にとってベランダは、幸福をもたらす暮らしの舞台装置だ。
ベランダで草花を育てることによって、
ボクは都会に住んでいながら季節のうつろいを敏感に感じられるようになったし、
なによりも性格が穏やかになったと思っている。

f0160063_1523986.jpg4月に作ったビオトープには
毎日スズメやヒヨドリが水を飲みにやって来る。
秋にはトンボもやって来た。
メダカはたくさんの子どもを産み、
金魚も元気に暮らしている。

コンポストを始めて
10カ月
が経った。
生ゴミが減って、
堆肥がたくさんできた。
来年はこの堆肥を使って、
もっと本格的に野菜づくりを
始めたいと思っている。
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by novou | 2008-12-01 19:38 | ボクらのベランダ物語
2008年 10月 04日

焚き火のこと、ストーブのこと

2008/10/04(土)
晴れ/25℃

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北海道の家には子どもの頃、大きな石炭ストーブがあって、
その上では薬罐や鍋がいつもコトコト鳴っていた。
シュンシュンあがる湯気は「アラジンと魔法のランプ」のジーニーのようで、
ひとりっ子で鍵っ子だったボクの孤独をずいぶんと紛らしてくれた。

ストーブは暖房器具であり、調理器具であり、なによりボクの友達だった。

長い時間、ボクは飽きることなく湯気を見つめ、炎を見つめて過ごした。

お腹が空くと、干し芋を焼き、スルメや棒ダラを炙った。
それらは最高のおやつだった。

石炭をくべるのはボクの仕事である。
父は10歳のボクに、火の起こし方、石炭のくべ方、
灰の捨て方をすべて仕込んだ。
いちばん厳しく教えられたのは、火の怖さだった。

実際、独りでストーブに火をおこす時は緊張した。
丸めた新聞紙の上に木っ端を置いて、マッチで火をつけるのだが、
この時、息を止め、気合いを入れなければ、
マッチが折れたり、発火しなかったりするのだ。

巧く新聞紙に火がつき、小さな炎が木っ端に燃え移ると、
重い鉄のシャベルで、そおっと石炭をくべる。

ここからは念力が事の成否を左右する。
ボクは「燃えろ、燃えろ」と、ひたすら念を送る。

一発で石炭に火がつくと内心、大得意であった。
炎は赤い渦を巻き、やがてオレンジ色にかわり、
そして最後は青白く変化する。
ボクの緊張は、ここでやっと緩和に向かうのだ。

ここからは火を安定させ、絶やさないようにするのが仕事となる。
ボクは時折、ストーブの小さな扉を開けて、
デレッキ(火かき棒)で熾火(おきび)を均(なら)し、
シャベル一杯の石炭をくべる。

ストーブの前に陣取り、こうして吸気口を調節したり、
灰受けをきれいにして、火を制御していると、
ボクは一丁前の大人になったような気がしたのである。


時が過ぎ、小学生も高学年になると、
我が家の石炭ストーブは石油ストーブに変わった。

石炭を小屋から運び、
新聞紙や焚きつけで火をつけるという神々しい作業はなくなり、
一斗缶からストーブに石油を補充するという単純作業だけが残った。

火を制御するのはボクではなく、
ストーブの前面についている小さなつまみだ。

時代はさらに進み、いまは炎も見えないのに、
スイッチひとつで部屋が暖まる。
便利といえば便利だが、この便利のために失ったものは、
とてつもなく大きい気がする。


秋になると無性に焚き火がしたくなる。
落ち葉焚きをしたいとか、
焼き芋をしたいとかではなく、
ただ炎を見つめるための焚き火がしたいのだ。

理想をいえば、毎年通った紅葉のきれいな裏磐梯の湖畔や、
奥多摩の静かな森の中がいいのだが、
我が家のベランダも捨てたものではない。

薪や焚きつけは近くの公園を回って、
少しずつ集めてくればいい。

焚き火に点火するのは、
街に明りがともり始める夕間暮れがいちばん美しい。

ボクはリモコンスイッチひとつで、
明りがついたり、お湯が沸いたりする最先端の文化都市TOKYOに
抵抗の小さな烽火(のろし)を上げるのだ。

烽火は日没とともに炎に変わるだろう。
ボクはその炎を慈しむように育て、大きくする。
ボクの意思に制御された炎は、決して高ぶることもなく、
ゆっくりと穏やかに燃えていく。

炎はひれ伏すものにだけ、微笑みかける。
ボクはその微笑みに引き込まれていく。

このとき燃えているのは、もはや有機物ではなく、
ボクの自我や煩悩だ。
自我は自我のままに、煩悩は、煩悩のままにただ燃えていく。
燃やし尽くそうという意志を離れてそのままに耳を傾けたならば、
煩悩の燃え盛る炎の裏には、静かに真如が響きわたっている。

ボクはいつまでもいつまでも炎を見つめ、
発する音に耳をそば立てる。

やがてすべてがゆっくりと消失し、
清らかな灰に還っていくのを、
ボクは畏敬の念を持って、しっかと見届けるのだ。
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by novou | 2008-10-04 12:55 | ボクらのベランダ物語
2008年 06月 04日

ボクらのベランダ物語 その2

2008/06/04(水)
曇り時々晴れ/22℃

[ボクは花咲かじいさんになりたい]

f0160063_15324979.jpg「上手に育てて緑のカーテンにしてください」と、同じフロアのSさんから夕顔の苗をいただいた。
お礼にボクはプルプレッセンスの切り花を差し上げる。

Sさんとは廊下で挨拶する程度の付き合いだ。
でも、今日のことをきっかけにベランダ友達になれそうな気がする。


たとえば、朝、ボクが水やりしていると、
Sさんもベランダに出ていて、
「おはようございます」と挨拶をして、
「いい天気になりましたね」
なんて言葉を交わす。
そして「紫陽花がきれいに咲きましたね」
とボク。

f0160063_2126227.jpg「これはね、隅田の花火っていう品種なの」
とSさん。

こんな会話から1日がスタートするって、
ボクはとても素敵な事だと思う。


話は変わるけど、
このマンションのベランダには大きなプランターボックスがあるんだ。
昭和38年に建てられた時から、このプランターボックスはあるんだよ。

このマンションを設計した建築家はすごいロマンチストで、きっと、50世帯すべてのベランダを、花いっぱいに飾りたかったんだね。
そんな花好きの人に、
住んでもらいたかったんだよ。

想像してごらん。
マンションのすべてのベランダに、花が咲いてる様子を…。
バラやペチュニアやクレマチスが、
こぼれんばかりに咲いているんだよ。
なんて素敵な光景なんだろう!
まるでパリのアパルトマンみたいじゃないか!

ちょっと前にボクはマンションをぐる〜りと一周して、
ベランダで花を育てている部屋を数えてみたんだ。
そしたら15〜16軒だった。
全体の3分の1以下だよ。

その時、ボクは考えたんだ。
花咲かじいさんになろうと…。
Sさんのように朝顔や夕顔の苗を配り、
すべてのベランダに花を咲かせようと思ったんだよ。
それがこのマンションを設計した建築家の夢だし、
ボクの夢でもあるんだからね…。
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by novou | 2008-06-04 16:22 | ボクらのベランダ物語
2008年 05月 01日

ボクらのベランダ物語 その1

[人はベランダに暮らす]

 ここは渋谷の高台にある古いマンション。建てられたのは東京オリンピックの前年というから今年で築45年にもなる。ネットの住宅情報サイトには“ヴィンテージ・マンション”と書かれていたが、そんな洒落た物件ではない。エレベーターは遅いし、給水管の老朽化も著しく、トイレの水洗は1度流すと、たまるまでに5分もかかる。
 
 引っ越してきて今年で5年。なんでこんな古いマンションに越してきたかというと、渋谷とは思えないほど、周囲に緑が多かったこと。そして、なによりもベランダが広かったからだ。
 ボクは北海道の田舎生まれである。子供の頃から自然の中で育ってきたので、コンクリートのハコに閉じこめられたようなマンション暮らしには耐えられない。上京してからこれまでに何度も引っ越しを繰り返してるけど、長く住んだのは庭のある部屋や、公園に隣接した部屋ばかりだ。
 ここに引っ越す前の家にも小さな庭があり、そばには桜のきれいな遊歩道があって、散歩するにも、植物を育てるにもうってつけの環境だった。ただ、ひとつだけ問題があった。そこは高圧の送電線と環状七号線に挟まれたデンジャラスゾーンだったのだ。引っ越した当初はまったく気にしていなかったが、8年暮らしたら体を壊した。因果関係は不明だが、電磁波と排ガスにやられたと感じた。それで都心の割には環境の良かったこの場所に、転地療養(?)のため引っ越したというわけだ。

 引っ越しで部屋の広さは以前の半分になった。でも、庭(ベランダ)は倍以上の広さがある。ちなみに、部屋は60㎡で、ベランダは70㎡だ。広い部屋はお金を出せばいくらでもあるが、広いベランダのある部屋となると、なかなか見つからない。しかも、この部屋は高台のマンションの最上階なので、眺めがよろしい。晴れていれば羽田空港を離発着する飛行機が見えるし、夏は東京湾の花火も見える。
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 実は引っ越した日が、偶然、東京湾の花火大会だった。夜、オクさんとベランダで窓拭きをしていたら、突然、南東の空に花火があがった。前の住人も、マンションの管理人も、このマンションからは花火は見えないといっていたので、予想外だった。ボクらは雑巾を握ったまま、時間を忘れて遠くの花火を眺めた。きれいだった。遅れて聞こえる音も優しく感じた。ボクらはこの時「このベランダは、ボクらにとってかけがえのない場所になる!」と直感した。

 天からの授かり物のようなベランダが愛おしかった。毎年、二人でこのベランダから花火を見たいと思った。果樹を育て、野菜を植え、ベランダを緑でいっぱいにしようと思った。人はハコに暮らすのではなく「人は庭園に暮らす」と考えたのは、江戸時代の作庭家・小堀遠州だが、これを現代の都市生活者に置き換えれば「人はベランダに暮らす」となるだろう。ベランダはボクらに幸福をもたらす暮らしの舞台装置だ。ボクらはこのベランダを生活の中心として暮らすことをこの時、決意したのだ。
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by novou | 2008-05-01 21:50 | ボクらのベランダ物語