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2010年 03月 30日

ひとりジンギスカン

2010/03/30(火)
晴れ/10℃(tokyo)

きょうの札幌は少し暖かかったです。
札幌に来て、きょうで6日目なのですが、食事はホテルの朝食をいただいて、それ以外はコンビニのおにぎりかバナナだけだったのです。
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さすがにゲッソリとしてきたので、きょうは夜9時過ぎに街に出て「ひとりジンギスカン」でスタミナ補給です。
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ホントはきょう東京に帰れる予定だったけど、あれやこれやのメドが立たず、もう2〜3日札幌にいるつもりです。ふぅ〜っ…。負けてられないべさ…。
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by novou | 2010-03-30 23:53 | トホホな話
2010年 03月 30日

ことごとく失敗

2010/03/30(火)
晴れ/10℃(tokyo)

横腹から管を伝って、真っ黒な胆汁が貯蔵パックに溜まっていく。
こんな父の姿を見ることになるとは、まったく想像もしていなかった。
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3月29日、内視鏡によるステント減黄術(経乳頭的アプローチ)を試みるが、胆管が閉塞していてリードワイヤーが入らずに失敗。

同日夕方、今度は腹部を切開して肝臓から、再度、胆管へアプローチ(経皮経肝的アプローチ)するも、同じ理由で失敗。

結局、ステントを入れるどころか、管で胆汁を体外へ排出する経皮経肝的胆道ドレナージ(PTBD)という処置に変更された。ただ、PTBDにしても父のケースは総胆管に管が入っているわけではないので、胆汁の出があまりよくないし、管が肝膜を刺激して、痛みもあるらしい。

処置の際、父の脈拍が44まで下がったため、鎮痛剤も通常の半分しか使えなかったという。そのため父は1時間半も激痛に耐えたのだ。
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ボクが25日に札幌に来て以来、父は日に日に衰えている。
食欲はなくなり、話す声にも力がない。5日前は癌と闘う元気も気力もあったのに、いまでは目も虚ろだ。現在、総ビリルビン16.1、CRP 0.45。

今後、PTBDのやり直しをして、少し安定したら、再度、ステントを入れる処置に挑戦してみると医者はいう。

夕方、胆汁を排出する管がずれたせいで、強烈な痛みを訴える。切開したところから背中、肩にかけて激痛が走るらしい。母はおろおろして泣くばかり。管を5㎜ほど抜いて、痛み止めの座薬を入れてもらって、なんとか落ち着く。

このままでは稚内にも帰れないし、東京に行くこともできない。
ずっと札幌に足止めだ。
医師の話によると、抗がん剤の治療に進めない可能性も高いらしい。
だとしても、父が苦しまないようにだけはして欲しい。
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by novou | 2010-03-30 23:33 | 番外編
2010年 03月 28日

恋の街 さっぽろ

2010/03/27(土)
晴れ/12℃(tokyo)
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道産子だから寒さには強いと思っていたけど、札幌の寒さはカラダにこたえます。
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きょうは最高気温が−3℃。外に出ると寒くて耳がちぎれそうになります。35年も北海道から離れると、カラダの耐寒性がなくなるみたい。
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札幌は朝は晴れていたのに、夕方は大吹雪。天気も目まぐるしく変わります。なまらしばれるべさ…。
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by novou | 2010-03-28 04:41 | 番外編
2010年 03月 27日

膵頭癌ステージ3

2010/03/26(金)
晴れ/12℃(tokyo)

携帯が使えない。
キャッシュカードが使えない。
飛行機の乗り方が分らない。
電車にも乗れない。
シャワーの使い方が判らない。
もちろん、パソコンは使えない。

両親は世の中の便利や楽ちんから、見放されて暮らしているのだ。
時代が昭和で止まっているようなものだ。
世の中の進化を教えるのは子どもの努めなのだろうが、35年も離れて暮らしていると、
生活の中で自然と伝えられるはずの“便利”が伝えられなかった。

両親の生活の進化が昭和で止まっているのは、息子であるボクの責任でもある。

午後から医師の説明を受けたが、父の病状は思っていたよりも重い。

病名は「膵頭癌」。
年齢的に摘出手術はできない。
膵頭部が腫れて胆管を圧迫し、胆汁が流れないので、すでに黄疸が出ている。
29日にそれを改善するためのステント減黄術を行なう。
内視鏡を入れて胆管の詰まった部分に金属のステントを入れ、
胆汁の流れを確保する処置だ。

父はもともと膵臓に嚢胞(良性のもの)がたくさんあり、それが邪魔をして腫瘍の発見が遅れたようだ。腫瘍の大きさは2.8cm。ステージ3、余命半年と医師の説明を受けた。

今後の治療はジェムザール(抗がん剤)の点滴、TS-1の服用のどちらかになる。
どちらにしても副作用が予想されるし、治療を開始しても半年の余命が1年か1年半に延命できる可能性があるだけだ。

したがって、治療しないというのも選択肢のひとつ、と医師はいう。

35年も離れて暮らしたのだから、父の残された時間は東京で一緒に暮らしたいと思う。
しかし、父は我々夫婦に迷惑はかけたくないから、黄疸が止まったら稚内に帰るという。
父は85年間、大きな病気もせずに健康に生きてきたので、癌末期の痛みや苦しみをイメージすることができないのだ。何せ、胃カメラすら一度も飲んだことがない。
稚内の医療施設では、父の痛みや苦しみを取る治療は十分にできないと思う。
医療の地域格差は大きいのだ。なんとか説得して両親を東京につれて帰りたい。

母は「東京で一緒に暮らすのも親孝行だけど、お父さんの最後の願いを聞いて稚内に帰してあげるのも親孝行なんだよ」というが、苦しくなってから稚内〜東京間を移動するのは難しくなる。
決断は速い方がいいのだ。

医師も東京の病院に転院することを説得してくれるという。
両親の気持ちが変わるまで、根気強く説得するしかない。
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by novou | 2010-03-27 06:51 | 番外編
2010年 03月 26日

恋の街 Sapporo

2010/03/26(金)
晴れ/12℃(tokyo)

ジンギスカンで精をつけて、薄野(すすきの)に繰り出そうなんて、そんなアゲアゲな気分にはなれず、ホテルのバーでホットラムを飲みながら、ひと息入れているところです。

札幌を訪れるのは何年ぶりかが、正確には思い出せないほど、久しぶりなのです。
きっと15年ぶりくらい…。

古い友だちもいるはずなのですが、久しぶりすぎて連絡先すら分らないのです。
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朝、札幌タワーに昇って、久しぶりの札幌をぐる〜りと眺めてみました。(バカは高いところが好きなのです)。
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展望台から見た大通り公園。藻岩山のジャンプ台が正面に見えています。
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by novou | 2010-03-26 23:14 | 番外編
2010年 03月 25日

恋の街 サッポロ 

2010/03/25(木)
雨/6℃(tokyo)

札幌に来ています。
雪です。気温1℃。
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夜、「カニ 食べ 行こう♪」っと思って、外に出たのですが、あまりの寒さにめげて、ホテルに引き返しました。
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で、ホテルのスパに入って、こうしてノンビリしているというわけです。

東京には30日に帰る予定。
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by novou | 2010-03-25 22:09 | 番外編
2010年 03月 24日

最悪…。

2010/03/24(水)
雨/10℃

東京の気温は午後になっても7℃までしか上がらず、冬に逆戻りしたような肌寒い一日だった。

お昼になって、母から電話アリ。

「いま検査が終わったんだけど、最悪だったわ。もう手術もできないんだってさ。先生といろいろ話をしたんだけど、お母さん、もう頭がボーっとして、なにを聞いても覚えられないんだわ」

覚悟はしていたけど、父はもう手遅れなのかもしれない。

あした札幌に行って、両親の顔を見て、医者と話をしてこようと思う。

高校を卒業してから、両親とはずっと別々に暮らしている。
つまり35年もだ。その間、2年に1度ほどしか帰っていない。
稚内〜東京間はそれだけ遠いのだ。

せめて残された時間は、両親と一緒にいてやりたいと思う。

札幌では距離的にも経済的にもそれが難しい。
母も札幌まで通うとなると、何かとたいへんだ。
東京の病院に転院させて、毎日、顔を見に行くのがいちばんだと思うのだが…。
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by novou | 2010-03-24 14:47 | 番外編
2010年 03月 23日

着信アリ

2010/03/23(火)
曇り/14℃

午後、父から電話アリ。
これから空港へ行って、札幌に向かうとのこと。
今夜は札幌のホテルに泊まり、明日の朝イチバンで病院に行くという。

「検査入院の予約は取れてんの?」
「取ってないけど、前も大丈夫だったからなんとかなるべさ」

ン…? なんとも要領を得ない話だ。しかも、かなりせっかち。
CTやMRIは、予約なしだとかなり待たされるはずだ。
ベッドも空きがあるんだろうか…?
突然のガン宣告で、二人とも冷静な判断ができなくなっているようだ。

夜、携帯に着信サイン。

簡易留守録を再生してみると、「あれ、出ないわ…。おい、母さん、これどうやって切るんだべか…」と父の慌てた声が入っている。

すぐに電話してみる。
母が出た。
「あ、信也かい。いまね、お母さんね、信也が出ないもんだから、どうしてだべかと思って、ホテルのフロントで聞いてたのさ。あ、お父さん、信也からかかって来たよ」

「お、信也か。いまな、ホテルの外に出たら帰り方が分らんくなって、タクシーに乗ったら、歩いた方が早いっていわれたんだけど、1000円出すから乗せてってくれって頼んで、やっとホテルに戻ってきたところだ。もうグッタリだわぁ」

トホホ…。二人とも30年前で時間が止まっている。これじゃあ、未来にタイムスリップしてしまった原始人だ。とんでもないことをしでかす前に行ってあげなくては…。
ウチの両親には医者の前に、ガイドが必要だ。
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by novou | 2010-03-23 23:35 | 番外編
2010年 03月 23日

きょうの目黒川桜情報

2010/03/23(火)
曇り/14℃
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風が少々冷たかったけど、東京はきのう、桜の開花宣言をしました。
今年の桜は開花してからの気温が低いので、いつもの年より長く楽しめそうです。
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きょうの目黒川の桜は場所によっては、2分咲きといったところ。
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夜桜見物のための提灯の準備も急ピッチです。今週末が見ごろでしょうか…。
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代官山から目黒川へと下る目切り坂では、山吹もチラホラ咲きはじめています。
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by novou | 2010-03-23 22:49 | 町内散歩
2010年 03月 22日

母からの電話

2010/03/22(月)
晴れ/13℃

少々風が冷たいが、きょう、東京は桜の開花宣言をした。

午後、母から電話あり。
父がどうやらすい臓ガンらしい。
近々、札幌の大きな病院に入院し、検査する予定だという。
母もショックで、体調がすぐれないという。
声にもなんだか元気がない。ってか、ちょっと涙声だ。
電話で「お母さん、がおっちゃってさぁ」を連発していた。

横で電話を聞いていたオクさんに「がおるって何?」と、聞かれる。
北海道弁で「やつれる」とか「疲れる」という意味だが、
ネットで調べてみたら「臥折る」がルーツとのこと。
「体を折るようにして、横にならなければならないほどの激しい疲れ」のことをいうのだそうだ。母は極度の心配性なので、寝込まなければいいのだが…。
いちばんしっかりしなくてはいけない人がこんなんでは、この先が心配になる。

非常の時の連絡のため、母に携帯電話を持たせる。
年寄りでも使いやすい「らくらくホン」にしたのだが、それでも使い方が、イマイチ判らないみたい。ソフトバンクのカウンターで直通1がボクで、2がボクの会社、3がオクさんに設定してもらったらしい。

夕方、父からも携帯で電話がかかってくる。
声は元気そうだし、母よりは落ち着いているようなので、ひとまず安心。
紅茶色のオシッコが出て、潜血が+2。いまのところ他には問題がないようで、雪かきもしているという。札幌での検査結果が良ければいいのだが…。

夜、オクさんと二人で写メし、母に送った。
するとすぐに「携帯の青い電気がチカチカしてるんだけど、どうしてだい?」と、母から電話がかかって来た。写メの見方を教えるのに15分かかった。

母は80歳。父は85歳である。
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by novou | 2010-03-22 17:23